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広島カープ無念…引退する黒田博樹を作り上げた男気エピソード


▼広島カープ32年ぶりの日本一ならず…黒田博樹がユニフォームを脱ぐ

先発が予定されていた第7戦がなくなり、広島の黒田の現役生活は幕を閉じた。初めて出場した日本シリーズは札幌ドームで行われた第3戦に先発し、脚がつったため5回2/3を投げ1失点で降板。

大谷に投じた134キロが最後の1球となり、マツダスタジアムのファンの前で投げることはできなかった。

「当然あした投げる準備をしていたので。自分の野球人生が終わるというより、負けてしまった気持ちの方が強い」

「最後は日本シリーズ(のマウンド)に立てると思っていなかった。日本ではチャンスがなかったので、一緒に戦ってきた仲間に感謝したい。今まで一生懸命野球をやってきてよかった」

▼黒田博樹の引退を惜しむツイートがあふれる

そして、黒田さん
お疲れ様でしたヽ(;▽;)ノ
野球好きになってからプロ、大リーグって楽しみに見てた選手が引退‥‥
割と寂しい‥‥
最近のプロ野球いい成績を続けて残せる選手少なくなっあなあ
大谷、山田哲人くらいしか印象ねえや

今シーズン終わった現実が受け入れられない
黒田の引退も受け入れていない
明日からカープなしの数ヶ月が始まる……死。

地力じゃ日本ハムが強いから、25年ぶりリーグ優勝の勢いと黒田引退のボーナスで広島は短期で勝負つけなきゃいけなくて、第2戦までうまくいってたんだが…

自らの采配で、中田➡レアード➡西川と順番に起爆して、勢いまで向こうでは

これを糧に来年以降こそ

#日本シリーズ

日ハム、日本一おめでとう!
今年の日本シリーズは例年以上に観てて楽しかった!
リーグ覇者同士の素晴らしい試合を6試合も観られて幸せだ!
そして、引退される武田勝さん、黒田博樹さん、お疲れ様でした!

▼黒田博樹を育て上げた母の厳しさ

元南海の父一博さん、高校教師を務める母靖子さんの元に生まれた。

上宮時代の逸話が残っている。ひたすら走らされた合宿。チームメートの親がシャワーや食事など、隠れて自宅で世話を焼いてくれたが、黒田の母は合宿所へ戻らせるよう頼んだ。困難に立ち向かえ、というメッセージ。

「お母さんの存在なくして、今の黒田はない」とコーチ、監督として指導した田中秀昌氏(近大野球部監督)。3年間控え投手でほとんど投げられなくても、やり通した。

今年5月29日には墓前に誓ったことがある。「一生懸命、最後までやり抜く」と。

▼黒田博樹の迷いを一喝した父の激

大学4年のときに社会人の強豪チームから誘いがあったが「プロの指名に漏れたから入社というのは認めないチーム」だったため「社会人の方が将来的に安定するし、プロも絶対に指名される保証もない」と悩み続けたと明かしている。

「父に怒られたんです。“今まで野球をやってきて、オマエの夢は何や!”と」と一喝され、父の夢でもあった親子プロ野球選手が誕生した

▼黒田博樹を突き動かす”責任感”と”不安感”

「体が元気というか、今投げれる状態なので、それなりの責任がある。少々のことでは、ローテを飛ばしたくない。アメリカで1年、半年で、置かれた立場が変わってくることを見てきた。できる限りマウンドに立ち続けたい。年齢が行けばいくほど、その気持ち(責任感)が強くなってきた」

「ずっと不安で野球を続けてきた。野球を終えるまで不安しかないと思う」。だから、自分に足りないものを追求する。

厳しいメジャーリーグに行って更にその想いが強くなったという。

▼広島を愛し、広島に愛された黒田博樹

黒田はメジャー(ドジャース、ヤンキース)で投げた7年間のうち10年から14年まで、5年連続で2桁勝利をマークしている。これは野茂をも上回る日本人大リーガー最高記録だ。

「お金は大事なことだと思います。これから5年も10年も野球人生があるんなら、ぼくも迷ったかもわかりません。でも、もう先が見えてきたし、あと1年でやめなければならないかもしれない。野球人生の最後に、最もやりがいを感じて野球をやれるのはどこなのかと考えると、ここ(広島)に帰ってくるのが一番だろう、という結論になりました」

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